フェラーリのブログ

フェラーリに関わった顛末

「なぜパニックブレーキになったのか」

前回、自分が経験したパニックブレーキのことを書いた。

今回、なぜパニックブレーキになったのか、素人なりにその分解をしてみたい。

 

考え事をしながらコロナを運転していた。 顔は前を向いていながら(視界に赤信号は入っていながら)赤信号を視認(認識)していなかった。

赤信号に気づいてパニックブレーキになった。

分解すべきは、 「赤信号に気づいてパニックブレーキになった」、 の部分だと思う。

赤信号に気づいてなぜパニックブレーキになるのか。普段、赤信号に気づいても普通にブレーキをかけるではないか。

おそらく前方を見ていなかった状態から赤信号の発見までの「差」がパニックブレーキになるのだ。

この差(落差と言ってもいい)が大きければパニックブレーキになり、小さければパニックブレーキにならない。

差ってなにか。

うしろから不意に肩を叩かれても驚かない場合と、心臓が飛び出すほど驚く場合がある。

そのちがいは不意の寸前の「状態」に違いがあるのだ。

うしろから肩を叩かれても驚かないのは、うしろに人の気配を感じだとか、知っている人の話し声が聞こえたとかだ。

しかし、うしろにまったく人の気配を感じなければ、心臓が飛び出すほど驚くだろう。

赤信号を発見することは異常でもなんでもない。

カーラジオを操作して視線が前方から外れていても視界の端に前車のブレーキランプを感じてから赤信号を見れば驚くことはない。これは段階があるからだ。

しかしカーラジオの操作にとまどっていたとすればどうなるか。たとえばカーラジオの周波数のプリセットがはずれていたりしたら意識がより深くカーラジオに行く。

「あれっ、なんでプリセットが飛んだんだろう」、 不意の異常に気がとられる。 普段のカーラジオを操作する意識よりも深く入る。赤信号を気づいたとき驚くのではないか。

 

ながながと書いてきたが結論は単純、

「クルマの運転は、驚いたらだめ」、

これだけ。

 

パニックブレーキにならずにブレーキを踏めたなら、信号までどれくらいの距離があるか、衝突せずに停まれるか停まれないのか、横断する歩行者がいるか、車がいなければ反対車線に出てどれだけ制動距離がかせげるのか、が判断できる。

公道では事故を起こしてはならない。事故を発生させたら運転者の責任になる。

しかし事故で歩行者を巻き込むか、他車を巻き込むか、道路施設をこわすか、自損事故にするか、の違いはある。

パニックブレーキはこれらの選択肢を奪う。

幸運を祈るだけのブレーキになってしまう。

 

元白バイ警官の教官が言っていた、 「バイクのコントロールを失っても、バイクをどこにぶつけて停めるか、自分の身体のどこで最初の衝撃を受けるかを考えないといけない」

運転は驚いたらその時点で負けだ。

驚かないように運転しよう。(単純な閉め方だなぁ)