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フェラーリのブログ

フェラーリに関わった顛末

「クルマの押しがけ」

冬の朝、エンジンを普通にかけられるようになったのは何時頃からだろう。

わたしが免許を取った頃はまだ冬の朝の始動がむずかしいクルマがあった。一部のクルマが電子制御燃料噴射になって冷寒時の始動が自動調整されるようになっていたが、古いクルマはまだキャブレター式のチョークで始動していた。

現代のクルマはアクセルをあおって始動するなどということはない。すべてクルマが検知して調整してくれる。 むかしのクルマはアクセルをあおる度合いを調整してスターターを回した。

「今朝は一発でかかったよ」

それ自体、話題になった。

当時は何度かスターターモーターを回しているうちにバッテリーが怪しくなってお陀仏、ということもよくあったのだ。アクセルをあおりすぎてプラグがかぶってしまうこともあった。 バッテリーも貧弱で寒い朝、キーをひねっても、

「ウウッ」、

と言ったきりスターターモーターは回らない。

不思議でも何でもないよくあることだとみな思っていた。

当時、冬になるとエンジンの上に使い古しの毛布をかけてあるクルマを良く見た。あれ効果があったのだろうか。

 

わたしが子供の頃はまだ自家用車を持っている人は少なかった。

自家用車を持っているのは裕福な家か、そうでなければなけなしの金でクルマを買った人だった。

小学生の時、通学路にアパートが建っていた。

いまでも時より取り残されたように築50年くらいのトタン板の外壁のアパートがあるが、まさにそうしたアパートが建っていた。 当時はそうしたアパートはたくさんあってわたしの同級生のほとんどがそうしたアパートや二軒長屋に住んでいた。

そのアパートの横には砂利びきの駐車場があって三輪トラックやライトバンが停まっていた。

その中に赤い三菱ギャランの2ドアがあった。

あせた水色の三輪トラックの横に停められた赤いギャランはとても目立ってカッコ良かった。わたしはまったく同じ赤い三菱ギャランの2ドアのミニカーを持っていた。

そのギャランが冬、エンジンがかからないのだ。

アパートに住んでいると思われるギャランのオーナーは35歳くらいの男の人だった。

そのオーナーは登校途中の私たちにギャランを押してくれと言う。

押しがけである。 私たち数人の小学生は嬉々としてギャランのトランクに手をかけて押す。 カッコいい赤いクルマに触れられるのが晴れがましかった。

いきおいをつけて押されたギャランはクラッチをつなぐと、ヒューンと少し前のめりになってから

「ブ、ブ、ブッ」と、

エンジンがかかる。

「ありがとな〜」と、 ギャランの窓から手が振られて、濃い排気ガスのにおいを残して加速していく。

翌朝、クルマに触れるのがおもしろい小学生達はまた押す機会がないかと駐車場に停められたギャランを横目で見ながら登校する。

何度か押しがけを手伝ったギャランはオーナーが引っ越したのかいつの間にやら駐車場から消えてしまった。 今から40年以上前の話しだ。

 

F12はDCTだから押しがけというわけにいかないだろう(調べてないが…)。

バッテリーチャージャーをつなぐコンセントをガレージに設けなければいけない、と今更ながら気付いた。