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フェラーリのブログ

フェラーリに関わった顛末

「中国の日本人自動車技術者 その2」

前回、中国の自動車会社に転職していく日本の自動車技術者の話しを書いた。この話しはごく最近の出来事だ。今回は昨年の中国でのお話し。

当然のことながら日本の自動車会社は中国に進出している。中国のなんでもない田舎に見慣れた日本企業の看板を掲げた大きな工場がいくつも見られる。といっても最近はこうした看板も減ってきたが…。

その日系中国工場には日本から転勤、派遣されている従業員も多くいる。

わたしの友人も中国の工場に転勤になり数年間を現地で過ごした。彼とは旧知の仲でわたしが仕事で中国に行った時、都合を合わせてよく会った。わたしの業種と違う中国事情を聞くのはわたしの中国でのビジネスに大変役立った。

彼はわたしより二歳年上、日本に妻子を残しての転勤だった。

一年、二年の間に片言だった中国語はずいぶんと上手くなり、技術打ち合わせもこなせるようになっていた。こうなると会社も彼の中国勤務を評価して転勤期間は伸びた。

わたしが中国での仕事をあまりやらなくなった為、彼との交流は途絶えがちになっていたが、ある時、彼が会社を辞め妻子とも離婚し中国で仕事をしていると噂に聞いた。

たしか中学生の娘さんがいたはずだ、交流は滞っていたし、いまどき離婚は珍しいことでもない。転職もよくある話しだからあまり気にもかけていなかった。ところが久しぶりに中国を訪ねた折り現地で彼とばったりと出くわした。

日本人がよく通う料理店で当地の日本人の情報交換の場所であったから会うのは珍しくない。久しぶり、ということで翌日の夜、会食の約束をして分かれた。

翌日、お互いの状況を話し合った。

長年の転勤が終了し日本に帰任した、といっても完全に日本帰ってきたわけではなく、頻繁に出張で中国工場を行き来していた。ところがそれも1年程で終わり部署異動をきっかけとして中国に行くことはまったく無くなった。その直後に会社を辞め離婚して中国に就職先を見つけて日本の住まいを畳んで中国に渡ったのだという。日本に帰るつもりはないから住民票も抜いたという。

中国では彼のような日本人はけっこう多い。

日本から仕事で中国に来て、結果中国に生活というか人生の場を移す人がけっこういる。

ソニー、パナソニック、トヨタ、といった現地工場をもつ日本の名だたる企業から、中小企業、金融機関、日本の役所や公的団体の人たちまで色々な出身の人が連なっている。年齢は40歳、50歳の人も多い。日本での20年、30年のキャリアを捨てて中国に移る。まさに第二の人生。

彼はいま、現地の中国資本の自動車関連企業に勤めている。

すでに3社目の転職だそうだ。いまの給与は9000元だという(その時の為替レートで17〜18万円)。当然、日本では暮らせない、すべて現地で暮らす、将来にわたっても(老後のことだ)日本で暮らすつもりがないから受け入れられる給与だ。

日本企業にいた頃、おそらく年収800万円以上はあったはず。いま4分の1の報酬で彼は仕事をしている。

中国企業で日本人というだけで通用するのは最初のうちだけ。実績を上げなければすぐ給与は落とされるし、クビにされる。実績を上げていかなければ転職するたびに給与は下がる。彼は最初の企業から9000元で契約したわけではけしてないだろう、と思った。

 

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