「おまえのクルマの値段なんか、知るか! 3」
前回のつづき。
Sクラスの左ウィンドウが下りて、ドライバーが何やら大きな声を出している。
営業車を運転していると色々なドライバーに出会う。はっきり言って異常な人もいる。無視したほうが良いと思った。
Sクラスはいよいよクルマを寄せてくる。その時わたしはサニーの営業車に乗っていた。Sクラスは左ハンドルなので寄せやすいのだろう。手を伸ばせばお互いのクルマに触れられそうなところまで寄せてきた。
わたしの営業車のウィンドウを下ろして、Sクラスのドライバーが何を言っているのか聞こうと思った。サイドバイザーがついているから少しウィンドウを下げてもSクラスには見えないはずだ。
Sクラスのドライバーの年齢は50後半と見え髪が少し薄い。ジャケットを羽織っていてさしずめゴルフの帰りといった風情がする。平日の夕刻前、仕事クルマばかり走っているなかいい気なものだと勝手に想像した。
耳に風が当たるので断片的にしか聞き取れないが、わたしを罵っているのは確かなようだ。要するに、自分のベンツを合流させなかったことと、営業車ごとき安いクルマで粋がっているな、というような事を口走っているようだ。
その頃すでに普通のベンツやBMWに満足できない人がいて、トランクの上にブーメランアンテナなる物を付けたり、テレビやグラスを置く木製の畳みトレーを付けたりするのを自慢する人がいた。案の定、そのSクラスはそうしたベンツだった。
ノロノロ運転のまま信号で止まった。男はまだしつこくしゃべり続けている。ボロ車がなんとか、という言葉が聞こえた。
わたしは頭にきて怒鳴った。
「おまえのクルマの値段なんか、知るか!」
俺は仕事中だ!お前のクルマの値段なんか知らない(ホントは知っているが)。『俺のクルマは高いクルマだ』と周りの人間に気遣ってほしいのか。とんだ馬鹿な奴が居たもんだ、と心のなかで罵った。
その後、ベンツがどうなったのか記憶がない。
クルマは高いクルマと安いクルマがある。徳大寺有恒氏はトヨタのラインナップを、スターレットの次はカローラを、カローラの次はコロナを、コロナの次はマークⅡを、マークⅡの次はクラウンを乗らせるようとする自動車メーカーの利益優先の戦略である、と告発的に取り上げていた。
いつかはクラウン、というコマーシャルもあったと記憶する。わたしの親戚は中古のミゼットで始めた商店を拡大してクラウンに乗った。
「クラウンは全然違うねぇ」、
それで良いのだ、本人は。
でも、オレのクルマは高いんだから、と周囲に虚勢を張ったり、優先させろとか、大事に扱えと要求するのは滑稽だ。
クルマは見栄を張りやすい持ち物だけれどもそれをやった途端、その人品骨柄は地に落ちる。
あの出来事から四半世紀以上過ぎたけれども、今でもいやらしい奴だと思っている。