フェラーリのブログ

フェラーリに関わった顛末

「みんなのくるま」

仕事で多くのスタッフにクルマを運転させている。荷物を持ちながら身体の負担が少なく機動性よく移動するにはクルマが一番いい。

十数台の車両が年間、何十万キロも走る。一年で月まで行って帰ってくる距離だ。あまり口には出さないがかなり責任を感じている。

事故を起こすのではないか、事故に巻き込まれるのではないか、いまどんな状況で運転しているのか、どんな精神状態で運転しているのか、寝不足で居眠り運転していないか、車両の状態は大丈夫か、タイヤの空気圧は大丈夫か、(わたしは二度、高速道路でスローパンクチャーを経験している)、台風が来たら来たで、雪が降ったら降ったで心配になる。

何度か事故を起こしている。軽い追突事故から、全損事故までさまざまだ。

もっともひどかったのは車両が全損、事故地点と周囲の道路を1時間以上麻痺させる事故だった。小型トラックを一台巻き込み高架の上は通行止め、前後の交差点に関わる道路も大混雑した。

パトカー、白バイ、救急車、レッカー車、小型トラックから荷物を積み替える応援トラックもやって来て大騒ぎになった。他のスタッフはラジオの交通情報でこの通行止めのアナウンスを何度も聞いたらしい。帰社して同僚の事故が原因だったと聞いて驚いていた。

7、80km/hくらいで走っていた。助手席の者が危ないと思った1、2秒後に側壁がサイドミラーに迫ってきて、パニックブレーキが踏まれ、縁石に乗り上げて車が飛び上がった。実際に激突した速度は遅くなっていたそうだが、クルマは数十センチ浮き上がり、いつも見えない高架下の風景が見えたという。

不幸中の幸いで身体は誰も異常がなかった。しかし病院で検査を受けている従業員の元に駆けつけると、事故のショックで顔は青ざめていた。同乗していた者曰く、事故直後は、遠目に見ても全身がガタガタを震えているのがわかったという。それくらい当人にとってはショックが大きかったのだ。

多くのドライバーはクルマが激突して止まるという経験をしない。ましてや5、60km/h以上という速度から衝突するような減速を経験することはほとんどない。

アクセルを踏めばいともたやすく100km/h以上出るけれどその速度から衝撃的な停止を経験することは万に一つくらいの確率でしかやってこないのだ。

本人のショックは想像して余りある。

きっとその激突の瞬間、自分の出していた速度が骨も肉も粉々に千切れる力であったことを知る。そして自分がこれまで十何年、運転していた時間がいかに幸運な偶然の上に成り立っていたのかを悟る。

かつて自分も同じ恐怖を覚えた。

自分の運転が実は無知で無謀で、その後悔をする間も無く無慈悲に身体を破壊する力に翻弄される恐怖。

それを彼も経験をしたのか、と憐れに思った。 

人にクルマを運転させるということはこういうことも含むのだ、と気づいた。

安全運転チェック(スタッフの運転する車の助手席に座り、危ない判断や操作を指摘する。かなり効果がある)も行うし、食後の昼寝をとらせるようにするが、実際の瞬間瞬間の判断と運転操作は個人に任せるしかない。

幸い、あの事故を上回るものは発生していない。とりあえず今日のところは。

 

こどもの頃からクルマが好きで、スポーツカーだ、フェラーリだと、いろいろ乗り回してスピードも人よりすこし出してきたがクルマの危険で悲惨な一面は常に薄皮を隔てて存在している。

趣味嗜好とは別に、クルマはまったく以って冷めた目で判断すべき存在だ、気をつけろ、と肝に命じている。