フェラーリのブログ

フェラーリに関わった顛末

「クルマのなかでの過ごし方」

クルマのなかでどんなことをして過ごすか、という話し。

かつて営業車で都内を目指す時はAMラジオを聞くことが多かった。FMラジオは音楽ばかりで聞いたこともない曲を聞かされるのは苦痛で、女のDJの空気のような喋り方が馴染めなくてほとんど聞かなかった。

AMラジオは交通情報を聞くためにつける。AMは会話がうるさいのでボリュームを低くしておき交通情報になったら音量を上げる。NHKがだいたい毎時28分と57分の2回、交通情報を放送する。他のTBSや文化放送、ニッポン放送をザッピングすると1時間に4回くらい渋滞情報を仕入れることができる。

昔の首都高速の渋滞はいまよりずっとひどく、事故など発生すれば尚のこと動かなくなる。都内を走る時には交通情報を仕入れるのは重要だった。

たいていの営業車にはラジオしかついていなかったが、何かの巡り合わせでカセットデッキがつくこともあった。その時はクラッシック音楽のテープを4、5個持ち込んだ。トラブルも心配事もなく顧客まわりが終わると、帰社するまでの道すがらクラッシック音楽を聴く。クラッシックは曲が長いから一定時間乗り降りしない道でしか聞けない。渋滞の中、夕焼けの最後に陽光が落ちる寸前、いま思えばまったく暗いヘッドライトを点けて、マーラーやベルリオーズを聴きながら営業車を運転する。音楽も眼に映る光景も綺麗であったと思う。

安い営業車についていたのは4スピーカーの純正カセットデッキ。当時はカーオーディオのアフターマーケットはいまよりずっと盛んでパイオニアだ、ケンウッドだ、と大きなリアスピーカーをこれ見よがしにおいていた。人間の耳は不思議なものでロードノイズもエンジン音もずっと騒がしいのに、それをよけて音楽だけを聞いてくれる。

毎日あわただしい日々だったという記憶ばかりだけれど、意外やそうした中でも楽しみはあったのだと気づく。

 

若かりし頃、いまから30年以上前、よく伊豆に行った。朝から出発して小田原、真鶴、熱海、網代、宇佐美、伊東、ずっと左手に海を見ながら走る。伊豆スカイラインを通らないのはお金がないのと、海を見ながら走りたいからだ。もちろん伊豆スカイラインのカーブのおもしろさや植生のめずらしさもひとしおだけれど、まずお金がない。少ないお金でもクルマを運転したいならば通行料よりガソリン代に充てる、ということで海が眺められる国道135号線を走る。

そのクルマにはカーオーディオがなくラジカセを持ち込んでテープをかけた。高中正義とか大瀧詠一を聞いていたと思う。

いつだったか夏休みの混雑が終わった9月にくだんのルートを走った。貧弱なクーラーはコンプレッサーが入るたびに、コッキーンという音がしてアイドリングが変わった。その日は雨がちで伊東から伊豆高原に向かう登り坂で強い雨に遭遇した。9月の気温とクーラーに冷やされたサイドウインドに露がついた。昼の明るい雨が降るフロントウィンドウの水滴に前走車のブレーキランプが綺麗ににじんだ。たしかあの時、かけていた曲は高中正義のBlue Lagoonだった。