「クルマにひそむ狂気について 興奮と激突」
前回のつづき。
高速道路の路肩を暴走するクルマを見送ってほどなく速度が落ちて前がつまり始めたかと思うと、路面になにやら散乱している。前をいく大型パネルトラックが泳ぐように落下物を避けている。 事故だと気付いた。そして事故の原因は先ほど路肩を猛スピードで走っていったあのクルマではないか、と思った。
路面に散乱している物がドアミラーやちぎれたボディパネルのように大きな物になった。 路肩に停車しているワンボックスカーがある。スライドドアのあたりがえぐれるように凹んでいる。幸いドライバーは車外に出て車体を点検している。
ワンボックスカーの50メートルくらい先の追い越し車線にあの路肩を暴走していったクルマが車体の前部をほとんど無くしフロントウィンドウを粉々にして中央分離帯に乗り上げている。
路肩にはライトバンが前輪の外れた状態で止まっている。 さらにその先には運転席のドアが開けっ放しになった大型トラックが止まっている。路肩への寄せ方からして事故に巻き込まれたとみて間違いない。
路面にはトレッド面のスリップ痕とは思えないタイヤ跡や、金属がアスファルトを削った跡がある。ガラス片や金属部品、液体も流れている。
事故が起きてから1分とたっていないようだ。クルマを路肩に寄せて救護を手伝った。
事故の発生原因になったドライバーがくだんのクルマの近くに立っている。クルマの前部は大破してエアバックが開いていた。ドライバーは顔に裂傷を負いまぶたがはれあがっているがクルマの周りをウロウロ歩いている。歳は20代に見える。
大変な興奮状態でガタガタと全身が震え、顔から流血が止まらないのに救護にかけつてきた者に次々と話しかけては謝罪している。
「あのクルマの横にぶつかっちゃったんだ。ハンドル切ったんだけど、ぶつかっちゃった。すみません」、
涙声で子供のような言葉遣いで話しかけてくる。身体の震えはとまらず冷静さはまったくない。
「オレにあやまらなくてもいいよ。オレのクルマにはぶつかってねぇから」、
彼に話しかけられたトラックドライバーが言う。
また彼がわたしに近づいてきて謝りはじめた。
「血が出てるから、救急車が来るまでしゃがんでた方がいいですよ」、
と路肩に案内した。布で顔の流血を押さえたいところだが、ガラス片が傷口に残っているように思えてやめた。まだガタガタを全身が震えている。
数分前に路肩から猛スピードで周りのクルマを追い抜いていった時、彼はこんな表情ではなかったはずだ。
「ノロノロ走りやがって!」、
そう思っていたのだろうか。
路肩を猛スピードで飛ばしていった違反行為は別として、この若者の体験した恐怖と衝撃の大きさには哀れみを覚えた。
わたしが追い越し車線をゆずるタイミングがワンテンポ早ければ、路肩から追い越す行為は始まらなかったのかも知れない、そう思う。 わたしがもう少し早くバックミラーで彼のクルマに気付いていれば、エルフを抜くのを止め彼に越し車線をゆずることが出来たかも知れない。
事故はほんの少しの間合いの差で起こる。
交通事故の多くが2〜3秒ズレていれば発生しなかったはずなのだ。逆に言えば2〜3秒の差で事故にならないことも多いのだ。わたしもあと2〜3秒早かったら事故が起きていたと思うことが今まで何度もある。