フェラーリのブログ

フェラーリに関わった顛末

「あらためて フェラーリF12の最後 その4」

F12のことを振り返っておりますが、今回が最後です。

色々とF12の気になったところを書いてきたけれども、F12の記憶の濃さというか深さはそれほど濃くも深くもないのだった。むしろあっさり、薄いものだと言っていい。

それはF12で長い距離を走らなかったこと、走るシチュエーションがパターン化して単純であったことが原因かもしれない。基本的に休日の午後が多く、走る道は同じところばかりでロングドライブを言えるものは数回しかなかったのだ。

やはりクルマとの記憶は、長距離を走ったり、朝昼晩24時間を共にしたり、春夏秋冬、雨雪台風をくぐり抜けた方が濃密になる。

これまで度々、営業車のことを書いたのもクルマそのものの良し悪しではなく、営業車で経験したことが多様で結果としてクルマで動くことのおもしろさや価値をよく味わうことができたからだと思う。

F12で、真夜中も朝焼けもラッシュアワーも夕暮れも、夏も冬も雨も台風も雪も(雪はヤバいかも知れないけど)経験した方がいい。いつ帰るかも決めずに走り出し、コンビニで握り飯を頬張り、サービスエリアで顔を洗って、入ったことのない街道の定食屋で飯を食い、車中で仮眠をとっていたら、もしかしたらこのブログも変わったものになったかも知れない。

 

質問が来たので答えます。F12にどれくらいの価値を認めたのか? という質問です。

わたしにもっとお金があったならば、それこそ何十億もクルマにお金をかけられて、家と別荘に車庫を持ち、その家々と仕事場をつなぐように多くのクルマをとっかえひっかえ乗りこなすよう生活であったならば、その中の一台にF12があっても良いかも知れない。

そのクルマたちの中にあるF12とはスポーツカーとしてのF12ではない。(もう一度言うがありあまるお金、という条件であるならば)日常に使うスポーツカーが一台と、月に一度か二度うやうやしく車庫から引っ張り出すスポーツカーの2台を理想とするけれども、F12はその2台に含まれない。F12が入るのはスポーツカーとしての三巡目、いや四巡目の選択になると思う。

日常で使うスポーツカーがあり、週末か月に一、二度だけ車庫から引っ張り出す高級スポーツカーが一台あり、大型のサルーンが2種類あり、エコラン一途なPHVがあり、EVカーが一台あり、街中をクキクキ曲がれるミニハッチがあって、その後やっとF12の選択が見えてくる。そんな感じがする。