フェラーリのブログ

フェラーリに関わった顛末

「クルマの中の過ごし方3」

30年以上、運転していると車内の過ごし方も変化する。

ある時期、クルマの中で朗読を聴くのがすきだった。

オーディブルというのをご存知だろうか。以前はオーディオブックと呼ばれたこともある。

ほとんどが本を朗読したデータ配信で朗読ラジオのようなものだ。時間が何時間にも及ぶ大作もある。毎日、少しずつ数週間をかけて聴く。クルマで聞いているとやはり注意力がすこし散漫になるのだろう、本を読むより理解が薄い。だから同じオーディブルを何度も聞く。3、4回聞くと頭に入る。

まだるっこしいかと思うがさにあらず。

実に面白い。薄皮を剥がすように物語が頭の中に浮かび上がり、まとまっていく。まるでモヤの中から人が近づいてきて、やがて顔も表情もわかるように。

様々なジャンルの書籍があって文芸名作や歴史書、哲学書、ビジネス書。これまでたくさん聞いたわけではなく、数冊しか聞いていない。

クルマのなかで聴く朗読は読書とは別の楽しみがある。

 

クルマの中の過ごし方は時と共に変わる。ある期間で変化していく。一番多いのがなにもせずひたすら運転をしているだけの期間だ。これまで書いてきたいくつかの過ごし方の間に必ず、ただひたすら運転しているだけの期間がはさまっている。

ただひたすら運転しているだけ、と書いたが運転をしながら考え事をしている。半分運転、半分考え事。そんな感じだ。

注意力散漫なるのではないかと思うかもしれないが、そこまでのことにはならない。深い思索の一歩手前でとまる。携帯電話で危機的な話をしているほうがよほど危険だと思う。

考え事をしながら運転するクルマはあまり自己主張の強いクルマでないほうが良い。フェラーリF12の時はやはり考え事をするのは少なかったと思う。考えたとしても車のことばかりになる。やはり大人しいクルマのほうが良い。 

クルマはひっちゃきになって走らせることも良いが、ゆっくり走るのもいい。

そういえばむかし、ホンダのプレリュードのTVCMでラベルのボレロとともにプレリュードがゆっくりと走ってくる映像があった。

そうだ、クルマはゆっくり走るのもいい。周囲の車に迷惑をかけない範囲でゆっくり走る。アスファルトを踏みしめるようにゆっくり走る。スポーツカーで轟音を轟かせてぶっ飛ばして行くだけでは感じられないことが起きてくる。