「デザインで記憶に残っているクルマ」
デザインの良さで記憶に残っているクルマのことを書こうと思う。ただすでに評価の高いクルマのことを書いても今更だと思うので、そうした評価がされていない、ただわたし個人でデザインが優れていると記憶している車種について書こうと思う。では…。
1986年型2代目ソアラ
初代ソアラはオーソドックスな2ドアセダンだった。発売された時、弱々しさのないガッチリ角ばったデザインだと思った。かの徳大寺有恒御大がソアラのデザインを評して、
「ボディ幅に対してタイヤをなるべく外側に配置してタイヤのサイドウォールに影が落ちないようにしている。ホイールハウスの中があまり覗かれないようにしている。車体断面の下側を鉛直に切り落とすようにして地面に踏ん張るような造形にしている。それがソアラを堂々と見せている」、というようなことを書いていた。
このデザイン分析はクルマ好きの鼻垂れ中学生の脳天を打った。クルマのデザインはこう言う風に分析するのか、クルマのデザインはこういう要素をもって印象に結びつけているのか、そう教えられた。
ソアラが出たことで日本車のデザインの車体下側が弱々しい、貧弱というのに気付かされた。その頃の日本車の多くはタイヤとフェンダーのすき間が大きくて泥だらけのフェンダーの中にサスペンションが丸見え、フロントホイールハウスを後方から覗くと鋼板一枚でプレスされたフェンダーの向こうラジエータ下の地面が丸見えだった。
初代ソアラは多くのことを教えてくれたが、ただどうしても年寄りくさい。ベージュ(ゴールド?)に海老茶色のツートン塗装が好きになれなかった。
それに比べて2代目ソアラはいい。初代に無いのびやかさがあって、ランプのデザインなども華やかさと若さがある。
1992年型10代目のコロナ
4ドアセダンと5ドアハッチバックどちらとも小山のように高くユーティリティ重視のデザインで大きくはりのある曲面でまとめている。無理に癖をつけてデザインを強調するようなところがないのが好ましい。ルーフレールから大容量の高いトランクリッドに下りていくデザインでCピラーからリアフェンダーの辺りのボリュームが大きく、リアタイヤが小さく貧相に見えてしまうのだが、無理にデザインをこねくり回していない。
この10代目のコロナ、通勤の途中でよく見た。朝、仕事場への裏道を歩いているととある家の車庫からくすんだ濃緑のこのコロナがバックでそろそろと出てくる。狭い車庫で当時はバックモニターなどもないから、おずおずと車道に出てくるコロナが転回するまでわたしは立ち止って待たなければいけなかった。ゆえにこのコロナのリアビューとサイドビューはよく観察することになった。
大きくはりのある曲面と書いたが、最初に見た印象はひどく鈍く重々しく魅力に乏しいデザインだと思った。しかし何度か見かけるうちに非常にハイレベル、考え抜かれた、何度も見直しされた後にまとめられたデザインだと思えるようになった。
貧相になってしまったリアホイールアーチのデザインもスペースユーティリティーと当時のタイヤ径で止むを得ない部分を受け入れた「工業デザインの妥協点」としてのある種の潔さがあった。
充分吟味した上で過剰になるのを避け何もしない、というのは無作為の逆で知性が感じられる。
この頃の日本車のデザインは室内空間の拡大、ユーティリティ重視のデザインが目立つ。昨今のデザイン優先に比べると隔世の感がある。