「デザインで記憶に残っているクルマ その6」
富士スピードウェイにヘリコプターが下りられるとは知らなかった。
一方でずいぶんなお金持ち企業があるもんだと思った。業務に使えるとは思えないテスタロッサ を買い、平日の昼間にヘリコプターでサーキットにくる企業。社会に出たばかりの小僧っ子の私には理解しにくいものがあった。
テスタロッサ のデザインだけれども、はじめて見た時やっぱりフェラーリ、ピニンファリーナはちがうと思った。特徴的なサイドビューのフィン形状がリアフェンダーを形成していくデザイン。馬鹿みたいに幅広いデザインで日常の使い勝手なんか考慮していないデザイン。こういうことをしてまで、「オラはフェラーラだ!」と押し出す。
そのころ、セリカダブルエックス(A60型)の終わりごろで後期型の広告写真がなかなかカッコよかった。日本車のデザインも悪くないわい、などと言っていたところにテスタロッサを見て、いやぁ上には上がいるもんだ、いや足元にも及ばない、そう思ったものだ。
ランボルギーニ ミウラの話をわすれていた。カウンタックとエスパーダを別にすると記憶に残るランボルギーニはやはりミウラだと思う。
スーパーカー(当時はスーパーカーというよりエキゾチックカーという言い方の方がブームにのったニワカをしのぐ言い方だった)では512BBと双璧だと思う。
なにせあのフロントフードとエンジンフードの開き方はなんだ。
当時のわたしはミウラとアニメーションのマッハ号が似ていると思っていた。マンガのマッハ号が実際のクルマになって現れた、そう感じたのだ。今思えばなにを根拠にそう思ったのかわからない。おそらくミウラのフロントノーズからエアダムのない造形のあたりにマッハ号との近似を見たのかもしれない。
ランボルギーニ ミウラを書いたならば付随して書かなければいけないのはフォードGTだ。
わたしはクラッシックカーやレーシングカー(当時の言い方でいう葉巻型レーサーや屋根なしのカンナムカー)にまったく興味がなかった。
公道を走れないクルマ、イコール自分が乗れないクルマだから興味が湧かなかった。しかしわたしはフォードGTをレーサーだと思わなかった。
わたしのクルマの知識のすべては本から仕入れたものだが、フォードGTだけはミニカーでその存在を知った。
このミニカーを買った記憶はない。わたしのクルマ好きを知った親戚が譲ってくれたのかもしれない(この親戚からはジャガーEタイプのミニカーをもらった記憶がある)。
このミニカーは日本製ではなかった。トミカと書いていないし、ドアも開かない。車体下に「Ford GT」という凸文字があった。小学校低学年だったから「Ford」が読めなかったが、しばらくしてだれかにフォードと読むことを教わった。
当時のわたしはひとつのミニカーをためつすがめつ眺め続けること一時間、という変な子供だった。
あるときこのフォードGTのルーフに刻まれた見切り線を見つけた。なんだこの線は。もしかしてドアが屋根まで回り込んでいるのか。こんな屋根のところからドアが開くのか。
車体に太いラインが入っているところといい、ドアが屋根の位置から開くことといい、まるでキャプテンスカーレットに出てきたクルマみたいに思えた。
このフォードGTが市販車でなくレースカーだと知ったのはずっと後のことだった。